君を想って、引き替えの時期
何度目かの夜。目が覚める度に僕は〝生きている感覚〟を取り戻す。何故なら僕は……人間じゃないから。人間が言うところだと僕は、カミサマって言うらしい。
『神様』
どこからか声が聞こえた。
僕は必死にその声の持ち主を探した。何故かは分からない。だけどこの声はどこか懐かしくて、愛おしいと思えた。初めて聞いたはずなのに、そんな感じが全くしない。
走って走って、馬鹿みたいに泣きながら、声にならない声で叫んで持ち主を探したが、どこにも見つからない。
だけど、次に発せられたその声は、ほんの少し震えていた。
『私は……幸せなんでしょうか』
ピタリと体が止まる。
心臓が痛いくらいに高鳴った。
彼女の声は、ずっと探していた声とは少し違う気がしたが、寂しげで悲しそうだった。
『ある程度の幸せを感じてきた事が幸せだと思ってた……でも、違った』
違う?
『だって──────』
……何?
『神様は〝幸せ自体〟を与えてくれない。貴方に会いたい。それも叶えてくれないの?また貴方と笑い合いたい。あの子とまた会ってほしい。会って、私とまた…… 』
記憶は、戻らないはずだった。
『私は貴方のことを、愛してる』
ずっと、忘れようとしていた。唯一許してくれた君の事を。絶対に離したくない君を──────
『また会えるよね?』
……ごめんなさい。
『また、貴方の顔が見たい』
僕は……いや俺は、記憶を消したんだ。二度と戻る事が出来ない恋を捨てるように君へ伝えたんだ。もう忘れろ、と。でも出来なかった。また会える事を願ってしまっていた。
『ねえ』
懐かしく愛おしいその声は──────
『いるんでしょ?』
今も俺を、求めていた。
だから決めたんだ。
「俺は今も、ここにいるよ」
そう言うと、俺は彼女の前に現れてしまった。
彼女は泣いていた。二度と離したくないと思った。これが禁じられた関係だとしても彼女の願いだけは叶えたかった。若い彼女は、微笑みながら体が老体へと変わった。
そして、初めて会った時よりも彼女の体は痩せてしまっていて、声は今にも死にそうなくらい細く元気が無かった。だから、そんな彼女を強く抱き締めた。
「待たせてしまってごめん」
そう言うと彼女は『いいの、大丈夫。私が我儘だっただけ。ごめんなさい』と言う。
昔から彼女は謝るクセがある。治ってないという事は、変わらず忘れないでいてくれたんだとほっとした。
『あのね』
彼女は笑って、俺の頬を触れる。
『貴方になら頼めるわ……貴方と引換に、あの子の世話をお願い出来ないかしら?』
「あの子?」
『ええ。私と愛人の子。あの子も引換券を持ってるわ』
「いや、でも」
『いいの。私はあの子を引き離してしまった。だからこそ必要なの。死ぬべき馬鹿も必要……』
ゴッ
変な音が聞こえた。
手を頭へ伸ばすと、手にベッタリと血が付いていた。
「がは……」
頭への直接的な衝撃で、思わずフラついた。
弱かった。そして、馬鹿だった。
彼女は泣いていて、傍にいた死神も泣いていた。
あの子って〝あの世の死神〟だっていう事なのか?もう分からないけど、必死になった気持ちも馬鹿馬鹿しく思えた。
「好きになってくれて……ありがとう」
これで最期に、君へ永遠の命を渡せる。倒れる寸前、彼女へ指輪を渡すと、俺の体は〝この世やあの世から〟消え失せた。今思えば、二度と会えない関係に期待していたのは俺だけだったのかもしれない。それだけ危険な事を犯してでも彼女へこの指輪を渡すことが最優先事項だった。
どれだけ愛していたとか、そういうのは関係無かった。
引換が、命である限り。
END