Eyes of abyss ~死は望むもの~
望めば、死ぬことも生きることも出来る。選択肢は沢山存在しているが、全てが〝吉〟と出る訳じゃない。人を傷付けてもいいから自分の意思を通すやり方。時には仲間を守る為に誰かを犠牲にする、または仲間を守る為なら自己犠牲を図るやり方だってある。
私は、静かに目を開ける。
〝深淵の目〟と言われてる私には、残酷な選択をしなければならない。
それは────〝人を殺す〟ということ。生かすか、それとも死なすか。君たちにだって選択を責められた時があるだろう?例えば、誰かに虐められて心を追い詰められた時。何度も言っても自分の意見が通じない時。助けを求めたくても自分に見向きさえされない時。そういう時は死にたくなる。それは〝皆共通として感じる感情〟だと私は思う。
だけど、私の目の前にいるのは愛してやまない旦那とその子供である娘がいた。神の手で殺せと言われている。誰に、というのは無い。ただ、殺す行為が私の役割なのだ。
「目を……開けて」
そう言うと、旦那と娘は静かに目を開けた。同時に二人の目から涙がポタポタと流れ出た。
「私には時間が無いの」
娘は〝嫌だ〟と言った。
なんて不思議なものだ。ずっと人間と過ごしてきたからか、口パクでも言葉が分かる。娘の頬に手を触れると、優しく笑う私を見て娘は泣き崩れてしまった。
そんな娘を心配そうに見つめる旦那。旦那を見ると、彼は悲しそうに私を見つめた。
「お前が心配することは無いよ。こんな状況になってしまったのも俺がお前を…………」
「いいのよ、私は」
「ッ、でも俺は、あの時の勢いでお前を……」
「もしかして悔やんでる?」
「ああ。もう後戻りなんて出来ないんだよな……ほんと馬鹿みてえだな、俺が力不足だったせいで……」
「そんな事ないわ。私だって……」
今から行う行為は、私にとっても貴方達にとっても都合の悪い事だから。悲しみは増やさせない。そう決めたんだから、最期までやるしかない。
強く決意し、私は泣き崩れている娘と旦那を抱き締めた。
「いい?今から私は、貴方達に罪を償ってもらう為に酷い事をしてしまう。それでも貴方達は、私を〝母〟として認めてくれる?」
「うん、当たり前だよ。お母さんは一人しかいないよ」
「ああ、俺も愛する妻は一人で充分だ」
「そう、良かった。でも生きたいのなら今からでも間に合うのよ?特に貴女はまだ希望がある。私と一緒でいいの?」
「いいの。私、お母さんが求めるならどこまでも一緒がいい。酷い事だって耐えられる。ずっと一緒がいい、ワガママでごめんなさい」
「ううん、気にしないで。ふふ、本当に優しい娘ね」
「へへ、お母さんに似たんだと思うよ」
娘は笑っていた。改めて旦那を見ると、決意したかのように笑った。
ああ……本当に壊したくない。
だからこそ私の手で下さなければならない。こういう時、みんなはどういう気持ちで接しているんだろうか。もしこの瞬間、この二人を手に掛けてしまうと今後何を選択しようとも殺す瞬間は再び訪れるに違いない。
だって、私は生きているから。
深淵で孤独を常に感じて生きてきてしまったから。
「ごめんなさい」
そう一言を告げて、私は二人の胸に手を添えた。
この手に掛けてしまったらこの二人は死に、私はまた〝深淵〟に戻ってしまう。二度と戻れなくなる。
それでも終わりにしなければならない。
「愛してる」
そう言って私は二人の心臓を慎重に取り除いた。
死ぬ寸前まで二人は私を見て笑って、そして泣いていた。
私も涙を抑えることが出来なかった。無残に転がっている死骸の側で、泣くことしか出来ない自分が嫌だった。だが手元には愛していた二人の心臓がドクンドクンと脈を打っている。単体として動いてるソレは、時々苦しそうに動いた。
そして私は、新たに決意した。
〝死なす神〟としての自分ではなく〝生かす神〟として生きようと決めた。殺して自己犠牲を図るよりは、誰かを救って自己犠牲を図ろう。そう思った。
私は、手元にある久しぶりの飯を口にした。
血が喉を満たすと同時に、身体中に力が戻った気がした。これで人間には戻れない。その証拠にお腹に新たな子が宿った。当たり前だ、私は子宝の神であり死神である事を望んだのだから。
それでも次に産まれる子は、私より強い子であって欲しいと願うしかない。それが私の最期の役割なのだから。
END
血を見る悪癖
家から出たことが無い。
俺はこの家に、そして自主的に閉じ込められている。
鉄格子に見えるものは死骸だけ。ひたすら頭の中に思い浮かぶものは、食べ物が欲しい。水を、そしてぬくもりや愛が欲しい。でも俺は、ここから出たらみんなを不幸にしてしまう。
そんなの……許されない。
俺が〝幸せ〟を求めたら、周りの人間が怯えてしまう。
怖いって言われてしまう。
だから、声すら出すことが許されない。
『タスケテ…』
人を求めてはいけないんだよ。
俺は、ずっとここにいなきゃいけない。
誰かの幸せを守る為なら、俺はここにいる。いつだって逃げられやしない。死という瞬間が来るまで黙ってもがき死ぬしかない。
「誰かいるの?」
久しぶりに聞く人間の声に、思わず顔を上げる。
鉄格子からでも見える彼女の細い首筋。そして華奢過ぎるくらいの細い手足、そして痩せこけた顔。今この子を喰ったら、悪いけど不味い気がする。
ジャラジャラと鎖の音を立てて、鉄格子の近くまで近寄る。
その音に気が付いたのか、彼女も恐る恐る近寄ってきた。
『ダレダ』
「あの、私、生贄なの」
まただ。
俺の残酷な罪を重ねようとしてきている。
俺は、首を横に振った。
『飯ハ、チャントクッテンノカ?』
「いえ……私、二日に一度の食事って決められてて……」
『ソレナラ、ダメダ』
「え、でもそれじゃあ……」
『先二言ウガ、オ前ハ、ソンナニ宗教村ヲ守リタイノカ?』
「ッ!」
言葉を失う彼女。みんな、俺を目の前にすると素直になる。毎回、馬鹿正直な村の生贄の連中に聞いていることは〝何故宗教じみた生贄という名の行いを平然とやってのけるのか〟という事。
大抵は口噤んでしまって、目をそらす。
そしてやっと口に出して言ったかと思ったら、内容は『死にたいから』とか『村のためなら仕方が無いこと』という事だった。
この女も同じように目を逸らして、気まずそうだった。
『無理シナクテモイイゾ、悪カッタ』
先に謝っておけばいい。
そう思って気まずそうな彼女に謝り、檻の奥へ行こうと体を動かした時、彼女は突然大きな声を出して答えてくれた。
「こんな村、もう長くは持たない。だからもうこれ以上犠牲者を出したくないの。お願い、手伝ってくれる?」
良い顔をしていた。
俺はニヤッと笑って『ワカッタ』と答えた。
──────────
数日後、俺は枯れ果てた村の真ん中に立っていた。
あの子に会うため。
そして、この村に別れを言う為。
あの日に、全てが終わったと思っていた。
だが、それは〝物語の始まり〟に過ぎなかった。あの日に見た光景は今も思い出す。血が彼女と俺の口を汚した。そして、純粋だった手も血に染まっていった。
もう、手遅れだった。
彼女もそれを分かっているのか、俺を見つけて早々ふわりと微笑んで手を振った。
「もうここに来る事がないって思っていたよ」
俺はポツリと呟く。すると彼女はふわりと微笑んで応える。
「ええ、私もそう思ってたわ。でも私達、あの日から〝生贄から逃れられない罪〟を償わなければならないのよ。二度と殺すことの無い神になるために」
「ほんとにそれ、なれるのかな」
「分からない。でも私は、世代交代の代わりでも充分幸せって思うわ」
「フン、相変わらず反吐が出るな」
「レディーになんて口効いてるのよ、最低ね」
「お前もだろ」
「あら、そうかしら」
ニコニコする彼女を無視して、俺はいつもの〝檻という名の家〟を眺めた。俺達はこれからも最悪な鉄格子の檻から出ることが出来ない。だけど、何度だってもがいて、鉄格子でもボロボロにして外に出るしかない。
その際〝バケモノ〟は二匹も要らない。
俺の手は勝手に彼女の腹を突き刺していた。ガハッと血を吐いて彼女は倒れた。俺は彼女の血肉を口に含むと、久しぶりの血の味に体が震えた。
もう、後戻りが出来ない。
そんな彼女との最期の夜空は、無数の星たちで埋め尽くされていた。これが死んだ人間の数だとは、死んでも思いたくない。
END
君を想って、引き替えの時期
何度目かの夜。目が覚める度に僕は〝生きている感覚〟を取り戻す。何故なら僕は……人間じゃないから。人間が言うところだと僕は、カミサマって言うらしい。
『神様』
どこからか声が聞こえた。
僕は必死にその声の持ち主を探した。何故かは分からない。だけどこの声はどこか懐かしくて、愛おしいと思えた。初めて聞いたはずなのに、そんな感じが全くしない。
走って走って、馬鹿みたいに泣きながら、声にならない声で叫んで持ち主を探したが、どこにも見つからない。
だけど、次に発せられたその声は、ほんの少し震えていた。
『私は……幸せなんでしょうか』
ピタリと体が止まる。
心臓が痛いくらいに高鳴った。
彼女の声は、ずっと探していた声とは少し違う気がしたが、寂しげで悲しそうだった。
『ある程度の幸せを感じてきた事が幸せだと思ってた……でも、違った』
違う?
『だって──────』
……何?
『神様は〝幸せ自体〟を与えてくれない。貴方に会いたい。それも叶えてくれないの?また貴方と笑い合いたい。あの子とまた会ってほしい。会って、私とまた…… 』
記憶は、戻らないはずだった。
『私は貴方のことを、愛してる』
ずっと、忘れようとしていた。唯一許してくれた君の事を。絶対に離したくない君を──────
『また会えるよね?』
……ごめんなさい。
『また、貴方の顔が見たい』
僕は……いや俺は、記憶を消したんだ。二度と戻る事が出来ない恋を捨てるように君へ伝えたんだ。もう忘れろ、と。でも出来なかった。また会える事を願ってしまっていた。
『ねえ』
懐かしく愛おしいその声は──────
『いるんでしょ?』
今も俺を、求めていた。
だから決めたんだ。
「俺は今も、ここにいるよ」
そう言うと、俺は彼女の前に現れてしまった。
彼女は泣いていた。二度と離したくないと思った。これが禁じられた関係だとしても彼女の願いだけは叶えたかった。若い彼女は、微笑みながら体が老体へと変わった。
そして、初めて会った時よりも彼女の体は痩せてしまっていて、声は今にも死にそうなくらい細く元気が無かった。だから、そんな彼女を強く抱き締めた。
「待たせてしまってごめん」
そう言うと彼女は『いいの、大丈夫。私が我儘だっただけ。ごめんなさい』と言う。
昔から彼女は謝るクセがある。治ってないという事は、変わらず忘れないでいてくれたんだとほっとした。
『あのね』
彼女は笑って、俺の頬を触れる。
『貴方になら頼めるわ……貴方と引換に、あの子の世話をお願い出来ないかしら?』
「あの子?」
『ええ。私と愛人の子。あの子も引換券を持ってるわ』
「いや、でも」
『いいの。私はあの子を引き離してしまった。だからこそ必要なの。死ぬべき馬鹿も必要……』
ゴッ
変な音が聞こえた。
手を頭へ伸ばすと、手にベッタリと血が付いていた。
「がは……」
頭への直接的な衝撃で、思わずフラついた。
弱かった。そして、馬鹿だった。
彼女は泣いていて、傍にいた死神も泣いていた。
あの子って〝あの世の死神〟だっていう事なのか?もう分からないけど、必死になった気持ちも馬鹿馬鹿しく思えた。
「好きになってくれて……ありがとう」
これで最期に、君へ永遠の命を渡せる。倒れる寸前、彼女へ指輪を渡すと、俺の体は〝この世やあの世から〟消え失せた。今思えば、二度と会えない関係に期待していたのは俺だけだったのかもしれない。それだけ危険な事を犯してでも彼女へこの指輪を渡すことが最優先事項だった。
どれだけ愛していたとか、そういうのは関係無かった。
引換が、命である限り。
END
殺し屋
気が付いたら人を殺している。そんな物騒な事があるわけが無いと思っていた。だってそうだろう?どんなに馬鹿げたものでも『はいはい』と言っておかないとやっていけない世界だ。簡単に人を殺していたら、ただの『殺し屋』と言われてしまう。
だが、俺の足元には一人の女の死体があった。憎みきってアホらしく思えた人だったら今更殺そうとも思わない。でもやってしまった。とある人に依頼で頼まれて、女を殺せと言われた。言われた通りにした俺の体には返り血が付いていて、自分でも馬鹿馬鹿しいと思ってしまう。
「チッ」
だんだんイラついてきた。そんな気持ちを隠すように煙草を一本取り出して、ライターで火を付ける。深く息を吸って吐くと、煙草の煙が口から出てきた。そんな煙は、情けない俺を見て嘲笑うかのように静かに消えていった。
「どこに行っても俺の味方はいねえのかよ」
ボソッと呟く声でさえ、誰にも拾って貰えない。当たり前だ。この世界は警察だとか病院だとか、そんな頼れる機関が無い。逆に言えば、犯罪大国になってもおかしくない。それでもこの国は、そんな方向にいかない。すげえよな、それが俺の仕事ってことでさえ誰も気付きやしない。
救うのは自分。
治すのも自分。
多分、俺が人並み外れた能力を持っていなかったら、きっと頼られてない。こんな気持ちにも寄り添ってくれない。依頼者は、こんな俺を慰めると言っていた。
だけど、信じられない。
殺人者に寄り添う馬鹿は流石にいないと思うから。
昔からそうだ、俺が言ったことは無視されてしまうし、存在も馬鹿にされる。生きてるだけでそんな扱いをされるのなら、今更頼れるのは〝自分〟以外を頼れと言いたいんだろうな。だけど、勝手な言葉も勝手な言い癖も、俺からしたらみんな〝他人の戯言〟にしか聞こえない。否定も肯定も分からない。泣いたって気付いて貰えない。そんな世界に期待した俺が悪い。
深い溜息をつく。
「安らかに……」
しゃがんで、足元に転がってる女の目を手でそっと閉じる。何を思っているんだろうな、この女。だが今更お前を許せる訳が無い。自業自得ってやつだ。思わずフッと笑ってしまう。
最低だけど、これしか生きる道が無いのなら生きていくしかない。だから今日も人を殺しに、街に出る。
END